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勝手にエイリアン認定するのをやめろ

今、美術系の大学が注目を集めているらしい。
確かに本屋に最後の秘境なんて銘打った本が並んでいるのを見たし、テレビでよく特集を組まれることが多くなった気がする。

あるブログ記事でその事への危険性が説かれていた。
どこもかしこも皆、藝大美大にいる人たちを自分とは根本的に違うところにいる人たちだ、と考えがちらしい。
その考えは芸術家達の思いを台無しにするのだとあった。

確かにそうだ。

はじめから自分とは全く違うことを考えている人、と認識されてしまったらその人が生み出した作品の本当の意図が理解されにくくなってしまう。
作品を作る側は決してそんなことを望んではいないだろう。
私だって、せっかくなら作品を見て色々なことを考えてほしいと思って制作することが多い。

作品には必ず作者の思いが伴う。

どんな思いで制作されたのか、この人はどんなことを日々考えて、何を見て、何を感じるのか。
それを伝えるために作品を制作するんだ、と私は思うし、これは先輩の受け売りだけど、わざわざ藝大美大を目指すってことはアーティストを目指すってことだ。
ただ絵を描いていたいだけなら趣味でだってできるし、それこそ専門学校でだって充分仕事に出来る。
それなのにわざわざ血反吐を吐く思いで受験を乗り越えて、藝大美大を目指すということは、アーティスト──つまりは自分の思いを誰かに知ってもらうために作品を制作したいからなんだと。
先輩はそう言っていた。

確かに専門学校に入れば絵を職にして生きてはいけると思う、イラストレーターとかそんな感じ。
でも藝大美大にいる人もしくはその進路を希望する人は自分を作品で表現することに重きを置く人達だ。
そんな人達が世間から疎外され、自分達とは考えが違う人達なのだと認識されてしまったら、何のための努力だったのか?何のための勉強だったのか?

藝大美大にいる人たちは全然変な人達なんかじゃないし、ましてや天才なんかじゃない。
私の尊敬する先輩達は皆受験期の全てを自分の作品に注いで、泣いて、喚いて、もがいて、なんとか合格をもぎ取っている。
誰もはじめから描けた訳じゃない。
ましてや世間から疎外されるような、飛び抜けて不思議な人達なんかじゃ全然ない。
普通にカラオケとか行って、コンビニの激安なお弁当とか食べて、先生にいびられて愚痴って、毎日楽しそうに笑って、後輩である私を気さくにラーメンに連れていってくれて、優しくて、あったかくて、普通に普通の人達だ。
あの人たちの作品が、あの人たちが、積み重ねてきた努力を無駄にするようなことにはなってほしくない。

作品は作者だけでは成り立たないから。
誰かの反応があって初めて作品は生きるから。
作者はみんな、その反応を貰うために描いて、描いて、生きているから。

むしろ、描く側はうんと認められたがっている、知られたがっている、みんなに理解されたくて、毎日毎日描いて、生きているから。

どうかそんな思いがたくさん込められた作品の一つ一つが幸せになれますように。